【目次】夢は夜開く(女装・和美)
【1】《夜は妻の遺品で》《女装オナニー》《芦屋の宴》《出張の夜》《他人ではない》【2】《内緒で楽しむSM交際》《目隠しをされて》《雄獅会の夜》《メス逝き、極楽往生》
【3】《女になるとき》《女としての悦び》
【あらすじ】数年後、私は女として暮していた、ふと、過去のことを振り返る。踊りの家元、妻の父との秘密の関係、そして、家元の指示で、雄獅会という催しに参加、それは淫らな事を楽しむ会だった。
《内緒で楽しむSM交際》
次第に、お気に入りの服やランジェリーで女装するだけでなく、お相手を替えたり、少し冒険したくなることもあります。
そういう女装子が、SMの世界を楽しめる設備のあるラブホテルにはまってしまい、辱めを受けたり淫らな形で官能の喜びを求めるようになることもあります。
義父(家元)に内緒で、SNSで知り合った男性と交際したことがあるのです。女装して三田から北新地(大阪)まで電車で出かけたのです。和美になってホテルで、和装姿のまま縄で縛られたり、吊るされたりして初めてのSMプレイを経験したのです。
「アアッ、痛い!」
「はじめは、縄が痛いかもしれないよ」
「でも、そのうちきつく縛られるほど、悦びが強くなるんだよ」
男は、そう言いながらさらに縄できつく縛り、自由を奪われた和美、いえ、女装した和人を見ながらニンマリするのでした。
「こんな美人が、人をだますなんて、いけないよ」
「なんのこと?」
「ここに、こんなものがあるなんて、電車の乗客も騙されてたんだろうな」
「いやっ、言わないで」
そう言いながら、着物の裾を捲り、赤い腰巻の下に隠された和美の一番恥ずかしい部分をさらけ出すのです。
「すぐに、気をやってしまうとつまらないから、今日はじっくり楽しむんだ」
白い襦袢姿で、縄で後ろ手に縛られたままで、床に座らされていた。両脚は閉じていたが無理矢理、肌襦袢の中に手を入れて電マ(電動マッサージ器)のスイッチを入れ、振動が和子の恥ずかしい部分に、執拗に当てられるのです。
しだいに硬くなり、勃起してしまった。
「女なのに、こんなものがあるなんて」
その言葉が終わらないうちに、口に含まれてしまったのです。
根本付近では、小刻みに振動する電マが少しずつ快美な感覚を与え始めた。 ペニクリの割れ目から、したたる透明の蜜を舐められている。
「手だけ、縄を緩めて自由にしてやる、自分でしてみろ」
「えっ、そんな」
「今度は、自分で電マをアソコに押し当てるんだ」
「ほら、クリちゃんが悦びのしずくをあふれさせているよ」
「アアッ、アアーン」
「逝き急がなくてもいいから、ゆっくり楽しむんだよ」
「もう、すぐにでも、逝っちゃうわ」
「俺は,君にはあってはイケナイものを、オナホールで刺激してやろう」
「あっ、そんな」
「これが、どれだけ気持ちいいか、教えてやるよ」
「ああっ、もうダメッ」
「だめなんて、言って、ほら,もっと感じさせてやるよ」
「いやっ、イヤッ」
「よくなってきただろう、ほうら」
「あっ、いくっ、いってもいい?」
電マだけでも強烈な刺激なのに、今度はオナホールを私の硬直したものにかぶせて、扱くのです。 オナホールの動きが、激しく快感を与えるのです。
「アアッ、いっちゃう、ダメッ」
「早く逝ってしまうと、お仕置きだよ」
「もうダメッ、いくわ、逝っちゃう」
口に含まれて、舌で亀頭を舐められている以上に、強烈に快美感が押し寄せてきます。 絶頂が近づいてきたのです。
「アアー、逝っちゃう、逝くぅ、出ちゃう」
「いいよ、イッテ、イッテごらん」
「良かったかい?」
「オナホール、初めて」
「オナホール、初めてだったのか、一人で先に逝っちゃうんだから」
「今度は、寝んねしよう」
縄で縛られたまま、布団の上に座らされたのです。
「今からは、男と女がする、夜の営みを始めるんだよ」
「フェラもしてもらうよ、でも俺が逝くところまではしなくていいから」
結局、手だけでなく、足も自由にしてもらい、フェラの後、布団の上で抱かれたのです。 女として求られることで、喜びを感じている自分がいた。
突き飛ばして男から逃げ出すこともできたのに、その日は夜の更けるまで官能の悦び、女装している自分に、欲情してくれている男への愛さえ感じていたのです。
和装で縛られている自分、男の下で喘いでいる自分の姿、その夜の写真が後日、メールに画像として添付されて送られてきたのです。
データを確認した時、すぐにプリンターから出力して、自分の女装した姿、女として愛されている姿を見て、気持ちを抑えきれず、その場でオナニーをしてしまったのです。
そして、また会いたいとすら思い、メールで返事をしたのです、いつ会えるかも、早く返事が欲しいと、自分の希望日を伝えました。
そんなある日、芦屋の奥池地区で催される雄獅会に招かれた。 芦屋の奥池地区は、芦屋市の北部、六甲山の中腹に位置する、自然環境を重視した閑静な住宅地です。かなり大きなお屋敷がある高級住宅地で、“日本のビバリー・ヒルズ”と呼ばれることもあります。
雄獅会に誘われたこと、家元(義父)に伝えたところ、家元は何かを隠しているようだった。 おとこの私をあえて指名する、不安と少しの妄想で何かを期待する私でした。
《雄獅会の夜》
朝は、まだ早いうちから朝食の仕度をはじめる。コーヒーメーカーをセットして、オーブンにトーストを入れてから、スクランブルエッグの調理をする。今、人気の道の駅の朝市で購入した完熟のトマト、キュウリをスライスしてお皿に盛り付ける。
今朝は、東京に仕事で出かける主人を送り出すために、少し早起きしている私。どこの家庭にもいる奥さまの装い、昨夜は、激しく求められて少し腰がだるい。でも幸せなんです。
近くの駅前まで主人を車で送り、帰宅して今はのんびりとしています。こんな生活が過ごせるなんて、自分の過去を思い出していました。
もう数年前の初夏のころ、まだ妻が病院に入院して治療を受けていたころ、妻の実の父であり、日本舞踊の家元でもあった社長と出張することが多く、あるお店で女装してお酒に酔い、宿泊先のホテルで女として抱かれていたのです。
そのあと、1か月もたたないうちに妻が亡くなりました。その頃から社長というか義父との関係は深まっていったのです。妻を失った寂しさよりも、義父から女として求められる悦びに心を奪われていたのです。
女装して踊る私を、『雄獅会』の中でさらに女として萌えさせる夜の出来事が、女でいたいという情炎に火をつけたのです。
その日、私は三田市にある自宅から車で高速道路を20分ほど走ると、妻の実家、踊りの家元のところに着きました。車から妻が着ていた襦袢や着物、帯などを入れた重い二個のカバンを降ろし、お稽古場のある離れに入りました。
「おはようお越しになりましたなあ」
「富川さん、今日は、よろしくお願いします」
「家元から、きれいに仕上げるように言われてます」
その男性、富川さんは、もう年の頃は七十過ぎ、昔は歌舞伎座や映画会社で仕事をしてきた髪結いのベテランなのです。
「ほな、早う支度しましょか」
富川さんに言われて、私は風呂に入り、むだ毛を脱毛剤で処理して髭をそるように言われました。 もともと体毛の薄いほうでしたから、手早くすませて浴室を出ると、身体にすき油を塗られました。
その時、富川さんが私の胸を見てつぶやいたのです。
「肌も白いけど、なんや、胸が大きくなっているような」
「あら、気がついた、手術したのよ、家元に言われて」
実は,妻が亡くなった後、家元に病院を紹介されて、胸を大きくしたのです。ある踊りの会の時、楽屋で家元から言われたのです。
「女舞には、もう少し胸がある方が」
「タオルを入れて、踊ってみます」
「タオルでは、ずれてしまうだろう」
妻の代役として、女舞で踊る時に役に立ったのです。でも、胸は家元に抱かれるとき、一番役に立ったのです。富川さんは、それから何も聞かなくなりました。
今度は鏡台の前で、顔や首にビンつけ油をぬられ、目の上や頬に赤い紅がつけられ、さらに粉白粉をはたき、アイラインを入れつけまつげを付けるのです。
唇に、口紅が小さく塗られてから、細く眉がひかれ、頭には羽二重のかつら下地をぎゅっと締めつけられました。
着付けの前に、白い絹布で男のものを覆い後ろへと股の間に挟み込み、薄い素材のビキニ型のショーツをはくと、なめらかな小高い丘ができあがりました。このショーツはガードルの効果と、白い水着で写真撮影すると陰毛や陰茎が透けて写ってしまうのを防ぐ効果を持っているのです。
つぎに赤い襟の肌襦袢を着せられ、燃えるような真っ赤な腰巻を巻かれ、その上に菊の絵があしらわれた長襦袢を着ました。最後に芸者さんが着る様な衣装を着付けられてから、頭にかつらを被らされた時には、もう私はどこからみても芸妓、いえ女になったのでした。
「美しくなったあなたをご覧になると、さぞお喜びでしょう」
「そんな、恥ずかしいです」
「お嬢様にそっくり」、と言われながら、離れから本宅に入りました。
着付けや化粧をしてくれた富川さんに案内された部屋に、社長(家元)は待っていました。彼は驚きの表情で私をみつめ、喜んでくれました。
「思っていた以上にきれいな芸妓さんになったね」
「いえ、そんな、恥ずかしいです」
「今夜は泊りになるから、その支度もできているね」
「はい、ご指示の通り二日分の準備はしています」
「今から、大切なお客様の前で、女舞いを踊ることになる」
「くれぐれも、今日は粗相のないように」
「粗相のないよう、気を付けて踊ります」
「それと、雄獅会では踊りだけでなくその後も、しっかり可愛がってもらうのだよ」
「はい、分かりました」
「富川さん、この衣装ケースも忘れないで持って行ってくれ」
「はい、この衣装ケースは」
「夜着せる下着類だよ、彼のサイズで揃えてあるから」
「洋装のときのものですね、雄獅会のことは承知しております」
「富川さん、着付けやいろんな作法をまた教えてやってください」
「このお着物はお嬢様のものでしたね」
「なんか、娘を嫁に出す気分だよ」
「この着物をお召しになっているので、どことなく似ていらっしゃる」
「それでは富川さん、儂は今回欠席だから会長によろしくと伝えてくれ」
「それでは家元、この美しいお弟子さんと共に行って参ります」
「おい、君、この衣装ケースを車に積んでくれ」
その場にいた中年の男性は、お迎えの運転手でした。家元は彼に衣装ケースを運ぶように指示した。トランクを開けて荷物を積み込むと、私と着付け係の富川さんは運転手にドアを開けてもらい、車に乗り込みました。
ただ、いつもはしっかり踊りにミスのないようにと厳しく言われていたのに、「可愛がってもらうのだよ」という言葉が気になりました。
宝塚から高速道路に乗り、芦屋の奥池地区には芦有ドライブウェイを通らないと行けないのです。 敷地が三百坪ぐらいはあるお屋敷に着きました。 雄獅会の総会は終わっていて、私たちが着くとまもなく舞台のある広い座敷では宴会が始まりました。
《目隠しをされて》
私は予定通り、芸者姿で舞い、踊り終わると宴席で芸者がするようにお酌をしていました。他にも、美しい女性というか女装したニューハーフのダンスショーがありました。 宴会は意外と早く終わり、雄獅会の五人ほどのメンバーが別室に行き、打ち合わせがありました。
その後で、富川さんから「次の支度をしましょか」と声をかけられたのです。 浴室は四,五人は入れるほどの広さで、富川さんの指示通り、衣装を脱いで下腹部の手入れをしました。排せつの後、再び化粧をして、着付けが終わりました。
「これからは、家元の顔をつぶさないように、我慢して下さい」
「何か、気を付けなければならないことがあるのですか?」
「今から、あなたは美しい芸者として、旦那さんになる方に接していただきます」
富川さんから、家元の指示されたことを聞き、まさかと思いながら、どうなるのか不安でした。 広いお屋敷の敷地内には、本宅とは違い鉄筋3階建ての洋館がありました。
本宅とは地下の通路で繋がっていて富川さんに連れられてエレベーターに乗り2階に上がりました。私が『菊の間』に入ると、そこで待っていたのは、50すぎの男性でした。
美しい芸者姿で部屋に入ると、8畳の和室でした。押し入れを開けると6畳ほどの板の間があり、天井から滑車やロープが吊り下げられていたのです。
お相手を「Yさん」と呼ぶことにして、Yさんは私の両手を縛り、縄で腰、手足を縛り上げました。カラカラと滑車の音がして、私の身体は床から離れ、宙に浮いた状態になったのです。
「美しい芸者姿のお前が男だなんて、ぱっと見では誰も気が付かないだろうね」
「今夜は、楽しませてもらうよ」
「何もひどいことはしないから、怖がらなくていいよ」
着物は脱がされ、肌襦袢の前をはだけられ、腰巻をまくり上げ、さらにその奥に手を入れて白い下着を触るのです。その刺激で少しずつ硬くなりかけた私のものを楽しそうにいじるのです。
ふすまを開けるまで押し入れのように見えた部分は、高い天井、フローリングの床、小窓しかないSM用の部屋。宙づりにされ、さるぐつわを口に、手拭いで目隠しをされてしまったのです。
電動のバイブやローターが押し当てられ、首筋、脇腹、乳首、太腿、股間の部分、すべてが性感帯のようになり、次に何をされるのかわからない状態で、「いやらしいね、こんなに感じているなんて」と言葉で犯されるのです。
「今度は、足の方を持ち上げよう」
そういうと、縄を天井の別の滑車に取り付けて、カラカラと両足が持ち上がるのです。
「ハンモックのようで、楽しいだろう」
Yさんは、腰巻を捲り、下着を太腿のほうにずらすと、ピクンとそそりたった私の性器に口をつけるのです。さらに、すっぽりと口に含まれてしまいました。
「我慢するんだよ、今日はじっくりと楽しむんだよ」
Yさんの口に含まれながら、根本に電動のバイブを押し当てられて、快美感がこみあげ、喜悦の声を上げながら、彼の口に精液をほとばしらせてしまったのです。
「もう逝ったのかい、俺の妻も口唇愛撫ですぐ逝ったよ」
「君の白濁は、けっこう濃い、しばらくしてなかったのか」
「俺は好きだよ、このどろっとしたのが」
《メス逝き、極楽往生》
「妻は、俺の前では、快感を求めるメスだったよ」
「妻の供養のために、女人を断ち、今夜は君を極楽往生させてやるから」
吊り下げられていたのを、降ろされました。 でも、縄は解かれることなく、隣の和室に座らせるのです。
肌襦袢を着たまま縛られていたのですが、Yさんが後ろから私を抱きしめると、胸を触るのです。
「おっぱいは手術したのか、膨らんでいる程度、乳首は小さいんだな」
「おっぱいはもっと大きくしたいだろ、そこらの女より大きいのがいい」
縄を解かれて、襦袢のすそから手を入れて、ローションをあの部分に塗り、次には指を挿し入れてきました。2本、3本、指を増やして具合を確かめています。
Yさんはコンドームをつけ終わると、ペニスをあてがわれ、わたしは難なくYさんのものを受け入れた。
「アッ、アアーン」
痛みをこらえて、甘えるような声をあげます。
女として男性を受け入れる喜びを、表現したのです。
「ああ、いいわ」
「いいの、すてき、アアッ、入っているわ」
私の声に反応して、Yさんは満足そうに腰を動かし始めるのです。 私の身体で欲情してくれている、Yさんのものが固さを増し、Yさんも感じ始めているのか、息が荒くなっています。
正上位、屈曲位、後背位、などYさんを受け入れているうちに、わたしも感じはじめ、太いものが動きまわるたびに声を上げていました。
初めて抱かれる相手とのセックス、最後の正上位では、Yさんが私の両足を担ぐようにして、私の腰を高くして、突き上げ、激しく腰を動かしながら、絶頂を迎えました。
Yさんとの営みが終わり、息が収まってくると、かすかに、プレイ中の喘ぎ声が聞こえていました。 2階の別の部屋では、ニューハーフが男性のお相手をしているようでした。
少しの休憩の後、3階の洋室が主体の『バラの間』では、お相手も変わりました。 広いリビングと寝室があり、さらに明るいサンルームもあったのです。 床から天井までガラス張り、電動のカーテンを開けるとまばゆいくらいです。
2人目の男性とは、サンルームのダブルベッドの上で、ロングのウイッグ、ベビードールとガーター、ストッキングのように装い、ハイヒールを履いたまま、女として抱かれ手いました。
その日は、その方に 縛られたり、手錠で両手を拘束され、自分の意志ではなく絶頂に導かれる、悩ましいランジェリーで女として犯される、やはり洋装もいいなと、そんな喜びを感じていたのです。
2人のお相手が済むと、お開きとなりました。 その夜、与えられた個室にはセミダブルのベッドがあり、大きなミラーのある洗面台、ユニットバスの浴室もありました。お湯をためて、身体を洗っていると疲れと、眠気で浴槽の中でうたた寝をしていました。
翌日は、朝食の後、少しの休憩の時間があり、その後も、富川さんに着付けやメイクを直してもらい、同じ『菊の間』で別の男性に抱かれたのです。
和装の女を縛り、SM的な趣味があるのか、私を縄で縛り、自分の言いなりにして、SMの部屋の中に置かれたセミダブルのベッドの上で、責めが続きました。
和装のままで縛られている私、下半身に手や指で、時には口に含まれ、何度も逝ってしまいそうになり、もう少しのところで寸止め、絶頂寸前でのお預けにおかしくなりそうでした。
縄を解かれて、日本髪に赤い腰巻だけの姿で、最後には太く硬いもので貫かれる、後背位、正上位と身体の位置を変え、激しく腰を打ち付けてくる男性Kさん、彼は50歳前後でした。
昨夜のプレイの疲れもあり、3人目の私とのセックスで、すぐに逝けそうもなく、最後には私のほうが先に逝ってしまったのです。
微妙な感覚が続き、次第に尿意が刺激されるような、ときどき、あっとのけぞるような高揚感、そうなると男性のものが当るたびに、感じ続けるのです。
もう、どうなってしまうのっか、自分でも抑えることが出来ない、のぼり詰めて逝き続けるのです。私がほとばしらせたものが、赤い腰巻に飛び散り、Gスポットにあたる彼の刺激で、メス逝きしたことをKさんは喜んでくれました。
その経験は自分でも初めてだったのです、男に抱かれて貫かれたもので逝ってしまう、生まれて初めて女として与えられた快感だったのです。
《つづく》 続きは、夢は夜開く(女装・和美)【3】へ
ホームページにもどる
【1】《夜は妻の遺品で》《女装オナニー》《芦屋の宴》《出張の夜》《他人ではない》【2】《内緒で楽しむSM交際》《目隠しをされて》《雄獅会の夜》《メス逝き、極楽往生》
【3】《女になるとき》《女としての悦び》
【あらすじ】数年後、私は女として暮していた、ふと、過去のことを振り返る。踊りの家元、妻の父との秘密の関係、そして、家元の指示で、雄獅会という催しに参加、それは淫らな事を楽しむ会だった。
《内緒で楽しむSM交際》
次第に、お気に入りの服やランジェリーで女装するだけでなく、お相手を替えたり、少し冒険したくなることもあります。
そういう女装子が、SMの世界を楽しめる設備のあるラブホテルにはまってしまい、辱めを受けたり淫らな形で官能の喜びを求めるようになることもあります。
義父(家元)に内緒で、SNSで知り合った男性と交際したことがあるのです。女装して三田から北新地(大阪)まで電車で出かけたのです。和美になってホテルで、和装姿のまま縄で縛られたり、吊るされたりして初めてのSMプレイを経験したのです。
「アアッ、痛い!」
「はじめは、縄が痛いかもしれないよ」
「でも、そのうちきつく縛られるほど、悦びが強くなるんだよ」
男は、そう言いながらさらに縄できつく縛り、自由を奪われた和美、いえ、女装した和人を見ながらニンマリするのでした。
「こんな美人が、人をだますなんて、いけないよ」
「なんのこと?」
「ここに、こんなものがあるなんて、電車の乗客も騙されてたんだろうな」
「いやっ、言わないで」
そう言いながら、着物の裾を捲り、赤い腰巻の下に隠された和美の一番恥ずかしい部分をさらけ出すのです。
「すぐに、気をやってしまうとつまらないから、今日はじっくり楽しむんだ」
白い襦袢姿で、縄で後ろ手に縛られたままで、床に座らされていた。両脚は閉じていたが無理矢理、肌襦袢の中に手を入れて電マ(電動マッサージ器)のスイッチを入れ、振動が和子の恥ずかしい部分に、執拗に当てられるのです。
しだいに硬くなり、勃起してしまった。
「女なのに、こんなものがあるなんて」
その言葉が終わらないうちに、口に含まれてしまったのです。
根本付近では、小刻みに振動する電マが少しずつ快美な感覚を与え始めた。 ペニクリの割れ目から、したたる透明の蜜を舐められている。
「手だけ、縄を緩めて自由にしてやる、自分でしてみろ」
「えっ、そんな」
「今度は、自分で電マをアソコに押し当てるんだ」
「ほら、クリちゃんが悦びのしずくをあふれさせているよ」
「アアッ、アアーン」
「逝き急がなくてもいいから、ゆっくり楽しむんだよ」
「もう、すぐにでも、逝っちゃうわ」
「俺は,君にはあってはイケナイものを、オナホールで刺激してやろう」
「あっ、そんな」
「これが、どれだけ気持ちいいか、教えてやるよ」
「ああっ、もうダメッ」
「だめなんて、言って、ほら,もっと感じさせてやるよ」
「いやっ、イヤッ」
「よくなってきただろう、ほうら」
「あっ、いくっ、いってもいい?」
電マだけでも強烈な刺激なのに、今度はオナホールを私の硬直したものにかぶせて、扱くのです。 オナホールの動きが、激しく快感を与えるのです。
「アアッ、いっちゃう、ダメッ」
「早く逝ってしまうと、お仕置きだよ」
「もうダメッ、いくわ、逝っちゃう」
口に含まれて、舌で亀頭を舐められている以上に、強烈に快美感が押し寄せてきます。 絶頂が近づいてきたのです。
「アアー、逝っちゃう、逝くぅ、出ちゃう」
「いいよ、イッテ、イッテごらん」
「良かったかい?」
「オナホール、初めて」
「オナホール、初めてだったのか、一人で先に逝っちゃうんだから」
「今度は、寝んねしよう」
縄で縛られたまま、布団の上に座らされたのです。
「今からは、男と女がする、夜の営みを始めるんだよ」
「フェラもしてもらうよ、でも俺が逝くところまではしなくていいから」
結局、手だけでなく、足も自由にしてもらい、フェラの後、布団の上で抱かれたのです。 女として求られることで、喜びを感じている自分がいた。
突き飛ばして男から逃げ出すこともできたのに、その日は夜の更けるまで官能の悦び、女装している自分に、欲情してくれている男への愛さえ感じていたのです。
和装で縛られている自分、男の下で喘いでいる自分の姿、その夜の写真が後日、メールに画像として添付されて送られてきたのです。
データを確認した時、すぐにプリンターから出力して、自分の女装した姿、女として愛されている姿を見て、気持ちを抑えきれず、その場でオナニーをしてしまったのです。
そして、また会いたいとすら思い、メールで返事をしたのです、いつ会えるかも、早く返事が欲しいと、自分の希望日を伝えました。
そんなある日、芦屋の奥池地区で催される雄獅会に招かれた。 芦屋の奥池地区は、芦屋市の北部、六甲山の中腹に位置する、自然環境を重視した閑静な住宅地です。かなり大きなお屋敷がある高級住宅地で、“日本のビバリー・ヒルズ”と呼ばれることもあります。
雄獅会に誘われたこと、家元(義父)に伝えたところ、家元は何かを隠しているようだった。 おとこの私をあえて指名する、不安と少しの妄想で何かを期待する私でした。
《雄獅会の夜》
朝は、まだ早いうちから朝食の仕度をはじめる。コーヒーメーカーをセットして、オーブンにトーストを入れてから、スクランブルエッグの調理をする。今、人気の道の駅の朝市で購入した完熟のトマト、キュウリをスライスしてお皿に盛り付ける。
今朝は、東京に仕事で出かける主人を送り出すために、少し早起きしている私。どこの家庭にもいる奥さまの装い、昨夜は、激しく求められて少し腰がだるい。でも幸せなんです。
近くの駅前まで主人を車で送り、帰宅して今はのんびりとしています。こんな生活が過ごせるなんて、自分の過去を思い出していました。
もう数年前の初夏のころ、まだ妻が病院に入院して治療を受けていたころ、妻の実の父であり、日本舞踊の家元でもあった社長と出張することが多く、あるお店で女装してお酒に酔い、宿泊先のホテルで女として抱かれていたのです。
そのあと、1か月もたたないうちに妻が亡くなりました。その頃から社長というか義父との関係は深まっていったのです。妻を失った寂しさよりも、義父から女として求められる悦びに心を奪われていたのです。
女装して踊る私を、『雄獅会』の中でさらに女として萌えさせる夜の出来事が、女でいたいという情炎に火をつけたのです。
その日、私は三田市にある自宅から車で高速道路を20分ほど走ると、妻の実家、踊りの家元のところに着きました。車から妻が着ていた襦袢や着物、帯などを入れた重い二個のカバンを降ろし、お稽古場のある離れに入りました。
「おはようお越しになりましたなあ」
「富川さん、今日は、よろしくお願いします」
「家元から、きれいに仕上げるように言われてます」
その男性、富川さんは、もう年の頃は七十過ぎ、昔は歌舞伎座や映画会社で仕事をしてきた髪結いのベテランなのです。
「ほな、早う支度しましょか」
富川さんに言われて、私は風呂に入り、むだ毛を脱毛剤で処理して髭をそるように言われました。 もともと体毛の薄いほうでしたから、手早くすませて浴室を出ると、身体にすき油を塗られました。
その時、富川さんが私の胸を見てつぶやいたのです。
「肌も白いけど、なんや、胸が大きくなっているような」
「あら、気がついた、手術したのよ、家元に言われて」
実は,妻が亡くなった後、家元に病院を紹介されて、胸を大きくしたのです。ある踊りの会の時、楽屋で家元から言われたのです。
「女舞には、もう少し胸がある方が」
「タオルを入れて、踊ってみます」
「タオルでは、ずれてしまうだろう」
妻の代役として、女舞で踊る時に役に立ったのです。でも、胸は家元に抱かれるとき、一番役に立ったのです。富川さんは、それから何も聞かなくなりました。
今度は鏡台の前で、顔や首にビンつけ油をぬられ、目の上や頬に赤い紅がつけられ、さらに粉白粉をはたき、アイラインを入れつけまつげを付けるのです。
唇に、口紅が小さく塗られてから、細く眉がひかれ、頭には羽二重のかつら下地をぎゅっと締めつけられました。
着付けの前に、白い絹布で男のものを覆い後ろへと股の間に挟み込み、薄い素材のビキニ型のショーツをはくと、なめらかな小高い丘ができあがりました。このショーツはガードルの効果と、白い水着で写真撮影すると陰毛や陰茎が透けて写ってしまうのを防ぐ効果を持っているのです。
つぎに赤い襟の肌襦袢を着せられ、燃えるような真っ赤な腰巻を巻かれ、その上に菊の絵があしらわれた長襦袢を着ました。最後に芸者さんが着る様な衣装を着付けられてから、頭にかつらを被らされた時には、もう私はどこからみても芸妓、いえ女になったのでした。
「美しくなったあなたをご覧になると、さぞお喜びでしょう」
「そんな、恥ずかしいです」
「お嬢様にそっくり」、と言われながら、離れから本宅に入りました。
着付けや化粧をしてくれた富川さんに案内された部屋に、社長(家元)は待っていました。彼は驚きの表情で私をみつめ、喜んでくれました。
「思っていた以上にきれいな芸妓さんになったね」
「いえ、そんな、恥ずかしいです」
「今夜は泊りになるから、その支度もできているね」
「はい、ご指示の通り二日分の準備はしています」
「今から、大切なお客様の前で、女舞いを踊ることになる」
「くれぐれも、今日は粗相のないように」
「粗相のないよう、気を付けて踊ります」
「それと、雄獅会では踊りだけでなくその後も、しっかり可愛がってもらうのだよ」
「はい、分かりました」
「富川さん、この衣装ケースも忘れないで持って行ってくれ」
「はい、この衣装ケースは」
「夜着せる下着類だよ、彼のサイズで揃えてあるから」
「洋装のときのものですね、雄獅会のことは承知しております」
「富川さん、着付けやいろんな作法をまた教えてやってください」
「このお着物はお嬢様のものでしたね」
「なんか、娘を嫁に出す気分だよ」
「この着物をお召しになっているので、どことなく似ていらっしゃる」
「それでは富川さん、儂は今回欠席だから会長によろしくと伝えてくれ」
「それでは家元、この美しいお弟子さんと共に行って参ります」
「おい、君、この衣装ケースを車に積んでくれ」
その場にいた中年の男性は、お迎えの運転手でした。家元は彼に衣装ケースを運ぶように指示した。トランクを開けて荷物を積み込むと、私と着付け係の富川さんは運転手にドアを開けてもらい、車に乗り込みました。
ただ、いつもはしっかり踊りにミスのないようにと厳しく言われていたのに、「可愛がってもらうのだよ」という言葉が気になりました。
宝塚から高速道路に乗り、芦屋の奥池地区には芦有ドライブウェイを通らないと行けないのです。 敷地が三百坪ぐらいはあるお屋敷に着きました。 雄獅会の総会は終わっていて、私たちが着くとまもなく舞台のある広い座敷では宴会が始まりました。
《目隠しをされて》
私は予定通り、芸者姿で舞い、踊り終わると宴席で芸者がするようにお酌をしていました。他にも、美しい女性というか女装したニューハーフのダンスショーがありました。 宴会は意外と早く終わり、雄獅会の五人ほどのメンバーが別室に行き、打ち合わせがありました。
その後で、富川さんから「次の支度をしましょか」と声をかけられたのです。 浴室は四,五人は入れるほどの広さで、富川さんの指示通り、衣装を脱いで下腹部の手入れをしました。排せつの後、再び化粧をして、着付けが終わりました。
「これからは、家元の顔をつぶさないように、我慢して下さい」
「何か、気を付けなければならないことがあるのですか?」
「今から、あなたは美しい芸者として、旦那さんになる方に接していただきます」
富川さんから、家元の指示されたことを聞き、まさかと思いながら、どうなるのか不安でした。 広いお屋敷の敷地内には、本宅とは違い鉄筋3階建ての洋館がありました。
本宅とは地下の通路で繋がっていて富川さんに連れられてエレベーターに乗り2階に上がりました。私が『菊の間』に入ると、そこで待っていたのは、50すぎの男性でした。
美しい芸者姿で部屋に入ると、8畳の和室でした。押し入れを開けると6畳ほどの板の間があり、天井から滑車やロープが吊り下げられていたのです。
お相手を「Yさん」と呼ぶことにして、Yさんは私の両手を縛り、縄で腰、手足を縛り上げました。カラカラと滑車の音がして、私の身体は床から離れ、宙に浮いた状態になったのです。
「美しい芸者姿のお前が男だなんて、ぱっと見では誰も気が付かないだろうね」
「今夜は、楽しませてもらうよ」
「何もひどいことはしないから、怖がらなくていいよ」
着物は脱がされ、肌襦袢の前をはだけられ、腰巻をまくり上げ、さらにその奥に手を入れて白い下着を触るのです。その刺激で少しずつ硬くなりかけた私のものを楽しそうにいじるのです。
ふすまを開けるまで押し入れのように見えた部分は、高い天井、フローリングの床、小窓しかないSM用の部屋。宙づりにされ、さるぐつわを口に、手拭いで目隠しをされてしまったのです。
電動のバイブやローターが押し当てられ、首筋、脇腹、乳首、太腿、股間の部分、すべてが性感帯のようになり、次に何をされるのかわからない状態で、「いやらしいね、こんなに感じているなんて」と言葉で犯されるのです。
「今度は、足の方を持ち上げよう」
そういうと、縄を天井の別の滑車に取り付けて、カラカラと両足が持ち上がるのです。
「ハンモックのようで、楽しいだろう」
Yさんは、腰巻を捲り、下着を太腿のほうにずらすと、ピクンとそそりたった私の性器に口をつけるのです。さらに、すっぽりと口に含まれてしまいました。
「我慢するんだよ、今日はじっくりと楽しむんだよ」
Yさんの口に含まれながら、根本に電動のバイブを押し当てられて、快美感がこみあげ、喜悦の声を上げながら、彼の口に精液をほとばしらせてしまったのです。
「もう逝ったのかい、俺の妻も口唇愛撫ですぐ逝ったよ」
「君の白濁は、けっこう濃い、しばらくしてなかったのか」
「俺は好きだよ、このどろっとしたのが」
《メス逝き、極楽往生》
「妻は、俺の前では、快感を求めるメスだったよ」
「妻の供養のために、女人を断ち、今夜は君を極楽往生させてやるから」
吊り下げられていたのを、降ろされました。 でも、縄は解かれることなく、隣の和室に座らせるのです。
肌襦袢を着たまま縛られていたのですが、Yさんが後ろから私を抱きしめると、胸を触るのです。
「おっぱいは手術したのか、膨らんでいる程度、乳首は小さいんだな」
「おっぱいはもっと大きくしたいだろ、そこらの女より大きいのがいい」
縄を解かれて、襦袢のすそから手を入れて、ローションをあの部分に塗り、次には指を挿し入れてきました。2本、3本、指を増やして具合を確かめています。
Yさんはコンドームをつけ終わると、ペニスをあてがわれ、わたしは難なくYさんのものを受け入れた。
「アッ、アアーン」
痛みをこらえて、甘えるような声をあげます。
女として男性を受け入れる喜びを、表現したのです。
「ああ、いいわ」
「いいの、すてき、アアッ、入っているわ」
私の声に反応して、Yさんは満足そうに腰を動かし始めるのです。 私の身体で欲情してくれている、Yさんのものが固さを増し、Yさんも感じ始めているのか、息が荒くなっています。
正上位、屈曲位、後背位、などYさんを受け入れているうちに、わたしも感じはじめ、太いものが動きまわるたびに声を上げていました。
初めて抱かれる相手とのセックス、最後の正上位では、Yさんが私の両足を担ぐようにして、私の腰を高くして、突き上げ、激しく腰を動かしながら、絶頂を迎えました。
Yさんとの営みが終わり、息が収まってくると、かすかに、プレイ中の喘ぎ声が聞こえていました。 2階の別の部屋では、ニューハーフが男性のお相手をしているようでした。
少しの休憩の後、3階の洋室が主体の『バラの間』では、お相手も変わりました。 広いリビングと寝室があり、さらに明るいサンルームもあったのです。 床から天井までガラス張り、電動のカーテンを開けるとまばゆいくらいです。
2人目の男性とは、サンルームのダブルベッドの上で、ロングのウイッグ、ベビードールとガーター、ストッキングのように装い、ハイヒールを履いたまま、女として抱かれ手いました。
その日は、その方に 縛られたり、手錠で両手を拘束され、自分の意志ではなく絶頂に導かれる、悩ましいランジェリーで女として犯される、やはり洋装もいいなと、そんな喜びを感じていたのです。
2人のお相手が済むと、お開きとなりました。 その夜、与えられた個室にはセミダブルのベッドがあり、大きなミラーのある洗面台、ユニットバスの浴室もありました。お湯をためて、身体を洗っていると疲れと、眠気で浴槽の中でうたた寝をしていました。
翌日は、朝食の後、少しの休憩の時間があり、その後も、富川さんに着付けやメイクを直してもらい、同じ『菊の間』で別の男性に抱かれたのです。
和装の女を縛り、SM的な趣味があるのか、私を縄で縛り、自分の言いなりにして、SMの部屋の中に置かれたセミダブルのベッドの上で、責めが続きました。
和装のままで縛られている私、下半身に手や指で、時には口に含まれ、何度も逝ってしまいそうになり、もう少しのところで寸止め、絶頂寸前でのお預けにおかしくなりそうでした。
縄を解かれて、日本髪に赤い腰巻だけの姿で、最後には太く硬いもので貫かれる、後背位、正上位と身体の位置を変え、激しく腰を打ち付けてくる男性Kさん、彼は50歳前後でした。
昨夜のプレイの疲れもあり、3人目の私とのセックスで、すぐに逝けそうもなく、最後には私のほうが先に逝ってしまったのです。
微妙な感覚が続き、次第に尿意が刺激されるような、ときどき、あっとのけぞるような高揚感、そうなると男性のものが当るたびに、感じ続けるのです。
もう、どうなってしまうのっか、自分でも抑えることが出来ない、のぼり詰めて逝き続けるのです。私がほとばしらせたものが、赤い腰巻に飛び散り、Gスポットにあたる彼の刺激で、メス逝きしたことをKさんは喜んでくれました。
その経験は自分でも初めてだったのです、男に抱かれて貫かれたもので逝ってしまう、生まれて初めて女として与えられた快感だったのです。
《つづく》 続きは、夢は夜開く(女装・和美)【3】へ
ホームページにもどる
コメント