【目次】女装花嫁は”めぐみ”  赤い文字をクリックするとリンク先を読めます

《第1章》 思いがけない事故で、温泉旅行
《第2章》 届いた花嫁写真、花嫁になるために 
《第3章》 花開くとき、嫁ぐ日  
  

【あらすじ】交通事故で大事な部分を負傷してしまった、傷跡の治療のため、東京の病院を受診し、その後、社長と日光の温泉に行くことになった。日光の大きなホテルではブライダルフェアーが開催されていて、たまたま引いたくじが当たり、特別賞になった。

《思いがけない事故で》

 雲一つ無い、良く晴れた青空が広がっていた。今日は、明日から奥さんの趣味の催しの展示会があり、展示会場まで荷物の搬入の手伝いをする予定だった。

 奥さんの名前は”めぐみ”さん、愛らしい赤いチャイナドレス姿で、会場の中国人と何か打ち合わせをしていた。チャイナドレスを着ているが、おじいさんが中国人だということ、奥さんは日本育ちだが、アメリカへの留学経験もある。

  中国工芸品の展示会、そこに運び込む荷物をトラックから降ろして、会場内に運び込んでいた。そこに、奥さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大川さん、急いで有馬に行って欲しいの」
「ここから有馬に、何通りか行くルートがあります」
「主人が、書類を届けて欲しいと、電話してきたの」

「追加の資料だけど、急に必要になったんだって」
「その資料は、会社にあるんですか?」
「主人の机に置いてあるから、会社から有馬に行くことになるわ」
「じゃあ、近道を通り、有馬まで行きましょう」

 10分ほどで、会社に着いた。僕の運転するトラックは、山道では速度が上がらないので、奥さんの運転する車に乗ることになった。
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 荷物を乗せていたトラックとは違い、社長の奥さんが運転する車は、左ハンドルの仕様車、速度を落とすどころか、急勾配の坂道も加速して上っていく。

 東京から来た取引先を接待している社長に届けるために、書類を持って、社長のお気に入りの有馬グランドホテルまであと少しだった。

「大川君、けいぞう君だったわね、もう28すぎたかしら?」
「去年、28になりました。もうすぐ29です」
「いい人はいないの?私たちは、学生結婚だったのよ。今年は銀婚式」

 その時、合流する道路からトラックが突っ込んできた。 ガシャーンという音とともに、身体がふわっと浮いたようになり、車は横転し意識を失っていた。ピーポー、ピーポーという救急車の中、手当を受けながら私は天井をみつめ、再び意識を失った。

 気がつけば、腕は固定され、シューという音、酸素マスクが口にあてがわれていた。個室に入院していて、付き添いのヘルパーさんがそばにいた。あれから1ヶ月が経過していた。

 左側から侵入してきたトラックが運転席に激突、車は横転し大破した。社長の奥さんは即死、私は下半身に打撲、命は助かった。ガソリンが漏れて炎上しなかったのが幸いと言われた。

 衝突したトラックの部品が下腹部にあたり、負傷していたからだった。3ヶ月の入院生活で、手足、内臓、胃や小腸の機能は回復したが、睾丸は機能を失っていた、というか無くなっていた。 再三の手術を受け、外見上の傷は治り、身体が痩せ細ってしまった以外は、無事退院できた。

 すぐには職場復帰できないので、傷病手当金を申請、家賃の負担を軽減するため、社宅を借りることにした。 相手のトラックは車検切れ、無保険で、すべてが社長の車の保険で支払われた。

 仕事を休んでいても退屈で、社長に仕事を覚える意味でも、何かさせて欲しいと頼み込んだ。 出勤扱いをしないで、いつ来て、いつ帰ってもいいように、社長が人事の部長に話をつけてくれた。

 その日の状態で、会社に行っても、行かなくてもいい生活になった。 社宅の部屋は2DK、いままでのワンルームマンションより広くて、洗面台もあって、トイレも独立。照明器具はLED使用で、明るく、洗面台の使い勝手はよかった。

 これで家賃が2万5千円は安い。 東西インテリアで購入したタンスが運び込まれて、私はあることを実行した。 クローゼットに運び込まれた段ボール、その中から下着、洋服、ある道具を取り出した。それを身につけてみると、前は窮屈だった衣類が、今は余裕を持って身につけることができた。
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 ウイッグを頭に止めると、洗面台の大きなミラーに一人の女性が映っていた。

 24.5㎝のハイヒールが窮屈だったため、通販で25.5㎝の靴を購入した。今は足にぴったり。化粧品を並べ、ファンデーション、アイシャドー、アイライナー、つけまつげ、最後にリップを塗った。

 社宅の主婦が集まる時間帯、幼稚園バスが発着する時間を避けて、女装外出を楽しんだ。なるべく女性に見えるように、室内で歩く姿をビデオ撮りして、姿勢を研究した。

 季節に合わないバッグを買い換えるために、ショッピングセンターに出かけた。代金を支払い、品物を受け取ったが、店員からは何も言われなかった。 まさか『女装しているけど、男でしょ』なんていう店員はいない、そういう気持ちになれた。

 女装外出が、夕方から夜だったのが、早朝になり、明るい昼間にも出かけるようになった。
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 職場復帰したわけではないが、通院日以外は、午前に少しだけ会社に行き、データ入力を手伝った。 月に16万ほどの傷病手当金の生活だったが、退院後すぐに保険金が振り込まれ、かなりお金に余裕がある暮らしができるようになった。

 午後は少し昼寝をして、散歩代わりに女装で外出を楽しんだ。 お金に余裕ができると、デジタルカメラやプリンターを購入し、室内で下着女装した自分の写真を楽しんだ。
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 さらに、女装サロン、写真館を利用して、舞妓に変身することもあった。 女装するたびに、下腹部にあるはずの睾丸がなく、パンティーからはみ出すものは無くなった。

 残っている男性器が、邪魔なものに思えるようになって性転換すら考えることもあった。

「いっそ、女性になって、暮らせるものなら」
そう思うこともあった。
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 そんな時、ウェディングドレスで女装花嫁になれる写真館、さらに和装の花嫁になれる写真スタジオを見つけた。 でも、花嫁衣装を着るなんて、自分が美しい物を身につけて楽しむだけ、その時はまだ、そう思っていた。



《温泉旅行》

 まだ半年程もある休職期間、入院給付金、手術給付費、後遺障害給付金、交通災害給付金などで、かなりのお金が振り込まれていた。それに加えて、休職期間の傷病手当が毎月16万ほど。

 土日だけでなく、通院日以外は毎日が日曜日という生活、会社に顔出しに行くと『まだ無理をしないように』と言われた。まだ身体の調子はよくないが、手術した下腹部、抜糸した傷口はきれいに治り、傷跡も目立たなくなっていた。

 もちろん、下腹部だから人目につく部分ではない。 女装するときパンティーの脇からはみ出していた睾丸はなく、あれが立たなければ女性の股間に見えなくもない。

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 通院日以外は、女性用の肌着を身につけ、ショーツを穿くこともあった。痩せていて胸の膨らみは、まだなかった。でも、ブラジャーの中にシリコン製のバストパッドを入れると揺れるような、バストを楽しめるようになった。

 ある日、会社に行き総務課で作業を手伝っていた。取引先に送る封筒の宛名シールの印刷、顧客管理台帳のチェック、一斉送信のメールの宛先確認などが終わりかけている頃だった。社長の奥様の命日の法要が行われる寺に、墓参に誘われ同行することになった。

 大阪の北部にある、静かなたたずまいの寺に着いた。石段を上がりきると、古い山門がある。石段の横の道を上がり、大きく曲がると10台分ぐらいの駐車場があった。

30日、清普寺(山門)

 本堂の横の道を少し上ると、開けた場所に霊園があり、広さ8畳ほどの墓地に墓石が一基建っていた。墓参を済ませてから、本堂で法要が行われた。すべてが終わり、帰りは社長の車に乗せてもらうことになった。ハンドルを握る社長から、訪ねられた。

「身体の調子は、どうか?」
「内蔵の具合もよくなってきています」
「そうか、それはよかった」
「傷も少腫れていますが、少し痛むこともあります」
「傷のことだが東京の大学病院で、一度診てもらわないか」
「東京まで?」

「形成外科の名医と言われる友人がいる、費用は私が支払うから」

そう言われて、どう返事するか迷っていた。

「君に負担はかけない」
「社長、忙しいのに大丈夫なんですか?」
「診察の後、日光にでも行って、温泉でのんびりしないか?」
「私だって、のんびりしたい時もあるんだ、それに、傷にもいい温泉だとか」

 しばらく考えて、社長の申し出を受けることにした。 東京の病院での診察が終わり、処方線を持って薬局で薬をもらった。

 診察の結果として、男性器の損傷も見た目よりひどく切除も考えられる。本人が望むなら残しておく。失った睾丸はどうすることもできない、生殖機能はないという結果だった。社長の計らいで、気分転換に日光へ行くことにした。

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 東武鉄道の特急に乗り、日光へと向かった。日光の駅前から、観光タクシーの案内で、東照宮、華厳の滝、いろは坂などを一通り観光して、大きな温泉宿に着いた。

フロントで社長が宿泊者カードに記入して、キーを渡された。

 その時、支配人が来て社長にメモを渡した。

「明日の夕方には帰ってくるから、温泉でのんびりしていてくれ」

 急用が出来たと言い、社長は東京に戻っていくのだった。 夜は食べきれないほどの料理が、部屋に運ばれてきた。 のんびりと温泉を楽しみ、窓の外を流れる川の音を聞きながら、眠りについた。

 翌日の朝、午前中もよいお天気で土曜日のせいか、日光の駅前も観光客の姿が多い。お土産を少し買ってから、駅前に止まっていた宿の送迎バスでに乗り込んだ。宿は日光でも大きなホテル、洋風と和風の建物があり、エントランスに入るとロビーには思ったよりも人が多かった。

 広いロビーではブライダルフェアーの案内板があり、抽選会をしていた。結婚を前にしたカップルや親族がかなりの人数がいて、宿泊者ですというと、参加券を手渡された。

「ステキな賞品が当たりますから、ぜひ抽選にご参加ください」
「僕は、言われるままに、部屋番号を書き、くじを引いた」

 特賞は100万円または挙式費用、一等がハワイ旅行、二等は10万円の宿泊券と言うことで、箱の中のくじを引いた。 カプセルに入っていた紙を開いてみると、特別記念賞の当たりだった。

「おめでとうございます、特別記念賞です」

 特別記念賞というのは、花嫁衣装を実際に試着して撮影まで体験できるもので、結婚式より先に、前撮り撮影もできると好評だった。

「それでは、今からご案内いたします、1時間ほど、お連れ様はお待ち下さい」
「えっ、今からすぐですか?」
「あの、連れは夕方にしか来れないのです」
「お連れ様は夕方ですか、それなら貴方は?」
「ええっ、男の僕が」
「きっとステキな思い出になります、一生の記念にいかがですか?」
「ええー、そんな」

 そう言いながら、心の中では「花嫁衣装を着てみたい」という気持ちが強くなっていた。社長がいない今なら、誰も知る人がいない場所で、花嫁衣装を着ることができる。

「あなたなら、きっとお似合いになります。今日のフェアにご協力ください」
「本当に、いいんですね?」

 案内された部屋で、中年の女性からお湯で汗を流すように言われ、部屋の浴室で髪を濡らさないように気をつけながらシャワーを浴びました。

「下着は着けないで、浴衣だけを着てください」と言われて、ショーツを脱ぎ、浴衣だけを身につけることにした。

「おひげは剃られましたか、アレッ、毛が薄いんですね」

 花嫁衣装を着る前に、かつら合わせをします。 髪の毛によい香りがする鬢付け油をつけ、白羽二重の布で頭をまとめると、日本髪を乗せるのです。

「お飾りは、最後につけます。どのお飾りがよいか選んでください」
「おまかせしても、いいですか?」
「貴方は、男性だから自分で選ぶのは難しいわね」

 冷たいお茶を差し出された、上品な味のするほうじ茶だった。

「着付けをする前に、トイレに行っておいてください」

 トイレから戻ると、薄い布地のガードルを手渡された。

「男の方ですから、大きくなると目立つので、それを穿いてください」

 浴衣を脱いで用意された、腰巻きや肌襦袢を着せられ、帯を締め付けられます。さらに紐で帯がずれることのないように締め付け、息が出来ないぐらいです。

「女って、きれいに着飾る時は、こんなに辛い思いをするのですよ」
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そう言い終わると、首筋から肩までに真っ白におしろいが塗られます。 さらに、頬から額、鼻から顎の周りまで水溶性のファンデーションが塗られました。 眉毛を描き、頬紅を散らせて、最後に口紅を塗ります。

 化粧が終わると、花嫁衣装を着付けられます。 帯をぎゅっと締められ、苦しいぐらいです。日本髪のかつらを頭にかぶせたかと思うと、かんざしや髪飾りが差し込まれて、頭が重く感じられるのです。

「はい、お疲れ様でした。きれいな花嫁さんですよ」

 時計を見たら、午後1時近くになっていた。

「うつむかないでね、姿勢良く、足は内股でゆっくり、歩くのですよ」
「次は、お写真を撮影しますから、こちらへ」

 手を引かれて歩き始めたが、まだ、履きなれない草履で歩き辛い。 写真撮影室は近くかと思ったら、エレベーターに乗り、結婚式場のある部屋の前を通り、さらにその奥にあった。
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廊下の正面に全身が映る鏡があり、そこには、自分だとは思えないような花嫁がいました。 写真撮影は花嫁の正面、側面、背後から後ろ姿を写したり、大方20分ぐらい時間が経過したように思った。

 撮影が終わると、それで終了かと思ったら、ブライダルフェアの会場に案内された。 金屏風の前で、「花嫁は、本日フェアにお越しいただいたお客様です」と紹介された。お客様という表現で、男性であることは、明かされなかった。

 会場の人たちの視線が、自分に向けられていた。今の自分は、花嫁衣装を着ている、男だと思われないか不安だった。

「皆さん、このステキな花嫁さんに拍手をオネガイします」
「この花嫁さんは、今日のフェアーにお越しいただいたお客様です」
「まだ抽選をされていない方はいませんか、抽選で、5等以上が出ますと花嫁衣装のリース料が半額になります」

「ぜひ、受付でお渡しした抽選券で、ご応募ください、お持ちでない方は、受付にどうぞ」

 その時、会場の入り口近くに、社長の姿が見えた。 まさか、私だと気づかれないだろうと思っていた。でも、社長はフェアの会場に入り、花嫁になっている私のそばに来た。 社長が話しかけているのは、ホテルの支配人だった。

「ああ、よかった」

 私は、心の中でほっとしていた。 美容師と思える中年の女性に、声をかけられた。

「お疲れ様でした、控え室に戻りお着替えをしましょう」

 帯を解かれ、日本髪を頭から外すと解放された気分で、全身からが力が抜けた。 その後、お写真は後日、ご自宅に送りますとのこと、その時に、受取人に大川恵三でなく、「大川恵」と書いた。”大川めぐみ”なら、女性とも読める、そう思った。

 花嫁写真はすぐに渡されるのではなかった。着替えが終わると、ホテルのロビーにある喫茶のラウンジに向かった。

「お待たせ、東京の用事は片付いたよ、のんびり温泉にでも入ろう」

 誘われるまま、部屋に置いてあった浴衣を着て、大浴場に向かった。 日光の大きなホテル、夕日が赤く染まっていた。

《つづく》 続きをお読みになる方は、
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