【目次】届いた花嫁写真のように 赤い文字をクリックするとリンク先を読めます
《第1章》 思いがけない事故で、温泉旅行、届いた花嫁写真
《第2章》 花嫁になるために、花開くとき、嫁ぐ日
【あらすじ】交通事故で大事な部分を負傷してしまった、傷跡の治療のため、東京の病院を受診し、その後、社長と日光の温泉に行くことになった。日光の大きなホテルではブライダルフェアーが開催されていて、たまたま引いたくじが当たり、特別賞になった。
《思いがけない事故で》
雲一つ無い、良く晴れた青空が広がっていた。今日は、明日から奥さんの趣味の催しの展示会があり、展示会場まで荷物の搬入の手伝いをする予定だった。
奥さんの名前は”めぐみ”さん、愛らしい赤いチャイナドレス姿で、会場の中国人と何か打ち合わせをしていた。チャイナドレスを着ているが、おじいさんが中国人だということ、奥さんは日本育ちだが、アメリカへの留学経験もある。
中国工芸品の展示会、そこに運び込む荷物をトラックから降ろして、会場内に運び込んでいた。そこに、奥さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大川さん、急いで有馬に行って欲しいの」
「ここから有馬に、何通りか行くルートがあります」
「主人が、書類を届けて欲しいと、電話してきたの」
「追加の資料だけど、急に必要になったんだって」
「その資料は、会社にあるんですか?」
「主人の机に置いてあるから、会社から有馬に行くことになるわ」
「じゃあ、近道を通り、有馬まで行きましょう」
10分ほどで、会社に着いた。僕の運転するトラックは、山道では速度が上がらないので、奥さんの運転する車に乗ることになった。

荷物を乗せていたトラックとは違い、社長の奥さんが運転する車は、左ハンドルの仕様車、速度を落とすどころか、急勾配の坂道も加速して上っていく。
東京から来た取引先を接待している社長に届けるために、書類を持って、社長のお気に入りの有馬グランドホテルまであと少しだった。
「大川君、けいぞう君だったわね、もう28すぎたかしら?」
「去年、28になりました。もうすぐ29です」
「いい人はいないの?私たちは、学生結婚だったのよ。今年は銀婚式」
その時、合流する道路からトラックが突っ込んできた。 ガシャーンという音とともに、身体がふわっと浮いたようになり、車は横転し意識を失っていた。ピーポー、ピーポーという救急車の中、手当を受けながら私は天井をみつめ、再び意識を失った。
気がつけば、腕は固定され、シューという音、酸素マスクが口にあてがわれていた。個室に入院していて、付き添いのヘルパーさんがそばにいた。あれから1ヶ月が経過していた。
左側から侵入してきたトラックが運転席に激突、車は横転し大破した。社長の奥さんは即死、私は下半身に打撲、命は助かった。ガソリンが漏れて炎上しなかったのが幸いと言われた。
衝突したトラックの部品が下腹部にあたり、負傷していたからだった。3ヶ月の入院生活で、手足、内臓、胃や小腸の機能は回復したが、睾丸は機能を失っていた、というか無くなっていた。 再三の手術を受け、外見上の傷は治り、身体が痩せ細ってしまった以外は、無事退院できた。
すぐには職場復帰できないので、傷病手当金を申請、家賃の負担を軽減するため、社宅を借りることにした。 相手のトラックは車検切れ、無保険で、すべてが社長の車の保険で支払われた。
仕事を休んでいても退屈で、社長に仕事を覚える意味でも、何かさせて欲しいと頼み込んだ。 出勤扱いをしないで、いつ来て、いつ帰ってもいいように、社長が人事の部長に話をつけてくれた。
その日の状態で、会社に行っても、行かなくてもいい生活になった。 社宅の部屋は2DK、いままでのワンルームマンションより広くて、洗面台もあって、トイレも独立。照明器具はLED使用で、明るく、洗面台の使い勝手はよかった。
これで家賃が2万5千円は安い。 東西インテリアで購入したタンスが運び込まれて、私はあることを実行した。 クローゼットに運び込まれた段ボール、その中から下着、洋服、ある道具を取り出した。それを身につけてみると、前は窮屈だった衣類が、今は余裕を持って身につけることができた。

ウイッグを頭に止めると、洗面台の大きなミラーに一人の女性が映っていた。
24.5㎝のハイヒールが窮屈だったため、通販で25.5㎝の靴を購入した。今は足にぴったり。化粧品を並べ、ファンデーション、アイシャドー、アイライナー、つけまつげ、最後にリップを塗った。
社宅の主婦が集まる時間帯、幼稚園バスが発着する時間を避けて、女装外出を楽しんだ。なるべく女性に見えるように、室内で歩く姿をビデオ撮りして、姿勢を研究した。
季節に合わないバッグを買い換えるために、ショッピングセンターに出かけた。代金を支払い、品物を受け取ったが、店員からは何も言われなかった。 まさか『女装しているけど、男でしょ』なんていう店員はいない、そういう気持ちになれた。

女装外出が、夕方から夜だったのが、早朝になり、明るい昼間にも出かけるようになった。
職場復帰したわけではないが、通院日以外は、午前に少しだけ会社に行き、データ入力を手伝った。 月に16万ほどの傷病手当金の生活だったが、退院後すぐに保険金が振り込まれ、かなりお金に余裕がある暮らしができるようになった。
午後は少し昼寝をして、散歩代わりに女装で外出を楽しんだ。 お金に余裕ができると、デジタルカメラやプリンターを購入し、室内で下着女装した自分の写真を楽しんだ。

さらに、女装サロン、写真館を利用して、舞妓に変身することもあった。 女装するたびに、下腹部にあるはずの睾丸がなく、パンティーからはみ出すものは無くなった。 残っている男性器が、邪魔なものに思えるようになって性転換すら考えることもあった。
「いっそ、女性になって、暮らせるものなら」
そう思うこともあった。

そんな時、ウェディングドレスで女装花嫁になれる写真館、さらに和装の花嫁になれる写真スタジオを見つけた。 でも、花嫁衣装を着るなんて、自分が美しい物を身につけて楽しむだけ、その時はまだ、そう思っていた。
《温泉旅行》
まだ半年程もある休職期間、入院給付金、手術給付費、後遺障害給付金、交通災害給付金などで、かなりのお金が振り込まれていた。それに加えて、休職期間の傷病手当が毎月16万ほど。
土日だけでなく、通院日以外は毎日が日曜日という生活、会社に顔出しに行くと『まだ無理をしないように』と言われた。まだ身体の調子はよくないが、手術した下腹部、抜糸した傷口はきれいに治り、傷跡も目立たなくなっていた。
もちろん、下腹部だから人目につく部分ではない。 女装するときパンティーの脇からはみ出していた睾丸はなく、あれが立たなければ女性の股間に見えなくもない。

通院日以外は、女性用の肌着を身につけ、ショーツを穿くこともあった。痩せていて胸の膨らみは、まだなかった。でも、ブラジャーの中にシリコン製のバストパッドを入れると揺れるような、バストを楽しめるようになった。
ある日、会社に行き総務課で作業を手伝っていた。取引先に送る封筒の宛名シールの印刷、顧客管理台帳のチェック、一斉送信のメールの宛先確認などが終わりかけている頃だった。社長の奥様の命日の法要が行われる寺に、墓参に誘われ同行することになった。
大阪の北部にある、静かなたたずまいの寺に着いた。石段を上がりきると、古い山門がある。石段の横の道を上がり、大きく曲がると10台分ぐらいの駐車場があった。

本堂の横の道を少し上ると、開けた場所に霊園があり、広さ8畳ほどの墓地に墓石が一基建っていた。墓参を済ませてから、本堂で法要が行われた。すべてが終わり、帰りは社長の車に乗せてもらうことになった。ハンドルを握る社長から、訪ねられた。
「身体の調子は、どうか?」
「内蔵の具合もよくなってきています」
「そうか、それはよかった」
「傷も少腫れていますが、少し痛むこともあります」
「傷のことだが東京の大学病院で、一度診てもらわないか」
「東京まで?」
「形成外科の名医と言われる友人がいる、費用は私が支払うから」
そう言われて、どう返事するか迷っていた。
「君に負担はかけない」
「社長、忙しいのに大丈夫なんですか?」
「診察の後、日光にでも行って、温泉でのんびりしないか?」
「私だって、のんびりしたい時もあるんだ、それに、傷にもいい温泉だとか」
しばらく考えて、社長の申し出を受けることにした。 東京の病院での診察が終わり、処方線を持って薬局で薬をもらった。
診察の結果として、男性器の損傷も見た目よりひどく切除も考えられる。本人が望むなら残しておく。失った睾丸はどうすることもできない、生殖機能はないという結果だった。社長の計らいで、気分転換に日光へ行くことにした。

東武鉄道の特急に乗り、日光へと向かった。日光の駅前から、観光タクシーの案内で、東照宮、華厳の滝、いろは坂などを一通り観光して、大きな温泉宿に着いた。
フロントで社長が宿泊者カードに記入して、キーを渡された。
その時、支配人が来て社長にメモを渡した。
「明日の夕方には帰ってくるから、温泉でのんびりしていてくれ」
急用が出来たと言い、社長は東京に戻っていくのだった。 夜は食べきれないほどの料理が、部屋に運ばれてきた。 のんびりと温泉を楽しみ、窓の外を流れる川の音を聞きながら、眠りについた。
翌日の朝、午前中もよいお天気で土曜日のせいか、日光の駅前も観光客の姿が多い。お土産を少し買ってから、駅前に止まっていた宿の送迎バスでに乗り込んだ。宿は日光でも大きなホテル、洋風と和風の建物があり、エントランスに入るとロビーには思ったよりも人が多かった。
広いロビーではブライダルフェアーの案内板があり、抽選会をしていた。結婚を前にしたカップルや親族がかなりの人数がいて、宿泊者ですというと、参加券を手渡された。
「ステキな賞品が当たりますから、ぜひ抽選にご参加ください」
「僕は、言われるままに、部屋番号を書き、くじを引いた」
特賞は100万円または挙式費用、一等がハワイ旅行、二等は10万円の宿泊券と言うことで、箱の中のくじを引いた。 カプセルに入っていた紙を開いてみると、特別記念賞の当たりだった。
「おめでとうございます、特別記念賞です」
特別記念賞というのは、花嫁衣装を実際に試着して撮影まで体験できるもので、結婚式より先に、前撮り撮影もできると好評だった。
「それでは、今からご案内いたします、1時間ほど、お連れ様はお待ち下さい」
「えっ、今からすぐですか?」
「あの、連れは夕方にしか来れないのです」
「お連れ様は夕方ですか、それなら貴方は?」
「ええっ、男の僕が」
「きっとステキな思い出になります、一生の記念にいかがですか?」
「ええー、そんな」
そう言いながら、心の中では「花嫁衣装を着てみたい」という気持ちが強くなっていた。社長がいない今なら、誰も知る人がいない場所で、花嫁衣装を着ることができる。
「あなたなら、きっとお似合いになります。今日のフェアにご協力ください」
「本当に、いいんですね?」
案内された部屋で、中年の女性からお湯で汗を流すように言われ、部屋の浴室で髪を濡らさないように気をつけながらシャワーを浴びました。
「下着は着けないで、浴衣だけを着てください」と言われて、ショーツを脱ぎ、浴衣だけを身につけることにした。
「おひげは剃られましたか、アレッ、毛が薄いんですね」
花嫁衣装を着る前に、かつら合わせをします。 髪の毛によい香りがする鬢付け油をつけ、白羽二重の布で頭をまとめると、日本髪を乗せるのです。
「お飾りは、最後につけます。どのお飾りがよいか選んでください」
「おまかせしても、いいですか?」
「貴方は、男性だから自分で選ぶのは難しいわね」
冷たいお茶を差し出された、上品な味のするほうじ茶だった。
「着付けをする前に、トイレに行っておいてください」
トイレから戻ると、薄い布地のガードルを手渡された。
「男の方ですから、大きくなると目立つので、それを穿いてください」
浴衣を脱いで用意された、腰巻きや肌襦袢を着せられ、帯を締め付けられます。さらに紐で帯がずれることのないように締め付け、息が出来ないぐらいです。
「女って、きれいに着飾る時は、こんなに辛い思いをするのですよ」

そう言い終わると、首筋から肩までに真っ白におしろいが塗られます。 さらに、頬から額、鼻から顎の周りまで水溶性のファンデーションが塗られました。 眉毛を描き、頬紅を散らせて、最後に口紅を塗ります。
化粧が終わると、花嫁衣装を着付けられます。 帯をぎゅっと締められ、苦しいぐらいです。日本髪のかつらを頭にかぶせたかと思うと、かんざしや髪飾りが差し込まれて、頭が重く感じられるのです。
「はい、お疲れ様でした。きれいな花嫁さんですよ」
時計を見たら、午後1時近くになっていた。
「うつむかないでね、姿勢良く、足は内股でゆっくり、歩くのですよ」
「次は、お写真を撮影しますから、こちらへ」
手を引かれて歩き始めたが、まだ、履きなれない草履で歩き辛い。 写真撮影室は近くかと思ったら、エレベーターに乗り、結婚式場のある部屋の前を通り、さらにその奥にあった。

廊下の正面に全身が映る鏡があり、そこには、自分だとは思えないような花嫁がいました。 写真撮影は花嫁の正面、側面、背後から後ろ姿を写したり、大方20分ぐらい時間が経過したように思った。
撮影が終わると、それで終了かと思ったら、ブライダルフェアの会場に案内された。 金屏風の前で、「花嫁は、本日フェアにお越しいただいたお客様です」と紹介された。お客様という表現で、男性であることは、明かされなかった。
会場の人たちの視線が、自分に向けられていた。今の自分は、花嫁衣装を着ている、男だと思われないか不安だった。
「皆さん、このステキな花嫁さんに拍手をオネガイします」
「この花嫁さんは、今日のフェアーにお越しいただいたお客様です」
「まだ抽選をされていない方はいませんか、抽選で、5等以上が出ますと花嫁衣装のリース料が半額になります」
「ぜひ、受付でお渡しした抽選券で、ご応募ください、お持ちでない方は、受付にどうぞ」
その時、会場の入り口近くに、社長の姿が見えた。 まさか、私だと気づかれないだろうと思っていた。でも、社長はフェアの会場に入り、花嫁になっている私のそばに来た。 社長が話しかけているのは、ホテルの支配人だった。
「ああ、よかった」
私は、心の中でほっとしていた。 美容師と思える中年の女性に、声をかけられた。
「お疲れ様でした、控え室に戻りお着替えをしましょう」
帯を解かれ、日本髪を頭から外すと解放された気分で、全身からが力が抜けた。 その後、お写真は後日、ご自宅に送りますとのこと、その時に、受取人に大川恵三でなく、「大川恵」と書いた。”大川めぐみ”なら、女性とも読める、そう思った。
花嫁写真はすぐに渡されるのではなかった。着替えが終わると、ホテルのロビーにある喫茶のラウンジに向かった。
「お待たせ、東京の用事は片付いたよ、のんびり温泉にでも入ろう」
誘われるまま、部屋に置いてあった浴衣を着て、大浴場に向かった。 日光の大きなホテル、夕日が赤く染まっていた。
《性転換を考える》
東京から帰りの新幹線、社長がグリーン車のチケットを購入してくれた。新横浜を出ると社長は眠っていた。 午後2時すぎの車窓からの景色は、青空の下、眺めはよかった。来るときは見えなかった富士山が、今日は見えるのを期待していた。

しばらくして、窓の外、雄大な富士山が見えていた。 関西にいると見ることのできない富士山、じっとその眺めを楽しんでいた。昨夜の話を思い出しながら、今後どう生きていくか、悩んでいたが、富士山を見ながら運命の流れのままに生きようと思った。
社長の話では、
「自分の妻が起こした事故で、君を負傷させてしまった。下半身の傷、それも睾丸を失うことになった君に申し訳ない」
「東京の大学病院で、私の睾丸を君に移植できないかと、医師である友人に頼んでみた」
「しかし、検査の結果、私と君では不適応症状が出るので、移植は無理と言われた」
自分の身体を提供して、私のために移植手術まで考えてくれた社長。 自分が考えもしなかった、社長の思いに驚いていた。
「社長、ご自身の身体を傷つけても、いいのですか?」
「僕には、もう子どもがいる、だからできることなら」
「こんなに元気になれたんです、結婚や子どもができるかなんて」
「君から普通に結婚して、子どもを育て、楽しく暮らせる人生を奪ってしまった」
「気にしないで下さい、私は大丈夫です」
しばらく、黙ったまま社長を見つめていたが、結局、私は社長の心の負担を少しでも和らげるために、言い切ってしまった。
「私は、子どもを産むための結婚はしません。」
「君は、それでいいのか」
「ひとりで、生きていきます」
「ご両親も納得してくれるのか」
「なにより、僕は三男坊ですから、家を継ぐ必要もないのです」
社長は、僕に頭を下げて、涙ぐんでいた。
「社長こそ、奥様を失って、一人になってしまったじゃないですか」
「そりゃあ、寂しいときもある」
「再婚されないのですか?」
「恵三くん、君を前にして、再婚など考えることは出来ない」
富士山を見つめながら、僕はおかしなことを考えていた。 どうせ子どもが出来ない身体になってしまったのなら、今までは、隠してきた女装。学生時代から、ひそかに続けてきた。今でも、女装外出することもあった。

事故でこういう身体になったのを理由に、女装で生活してみたい、性転換して女性として暮らしてみようか、など車窓からの景色を見ながら考えていた。、。
今なら手続きの費用もある。隠れてこそこそ女装するよりも、生殖機能がない身体なら、戸籍上の性も変えることが出来ないだろうか。
スマホで性別変更について調べてみた。その当時は、まだ6つの要件があった、性同一性障害の診断を受けねばならないのか。 関西で、診断できる病院を探してみた、通院可能な外来を見つけた。そこの予約を取って、受診してみよう。
そんなことを考えているうちに、新幹線は新神戸に着いた。
《届いた花嫁写真》
相変わらず、週に2回ほど出社して、データ入力やシステムの改良を手伝い、昼前には帰宅した。 日光で花嫁衣装を着て撮影したことも忘れて、部屋の中で女装を楽しんでいた。 ときおり女装クラブやプロのメイクで返信できる店にも行き、手術済みのニューハーフから性転換の話などを聞いたりしていた。
時には、豊胸手術や女性ホルモンを試してみないかと勧められたが、シリコンのバストパッドを3種類ほど使い分けて楽しむ程度だった。 睾丸はなくなったが、それでも勃起することがあり、オナニーすると量は少ないが透明の液体が快感とともに染み出した。
ピンポーンとチャイムが鳴り、ドアを開けると社長がいた。
「日光のホテルから、昨日届いたんだ、君宛のものだと思うから持ってきたよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「宛先が私の家になっていて、きっと、宿泊者名簿で、私の住所を書いていたからだと思うよ」
「ごめんね、何かと思って、写真を見せてもらったよ」

大きな封筒の中には、台紙に貼られた花嫁の写真が3枚入っていた。 一枚は前から、二枚目は後ろから、三枚目は撮影位置を変えたものだった。
「社長、あの日、ブライダルフェアが開催されていました」
「私が昼過ぎに着いたとき、大勢の人が居たね」
「くじを引いたら、それが当たり、花嫁衣装を着ることになって」
「男の君でも、花嫁衣装を着させてもらえたんだね」
「初めは、迷いましたが、これも体験かと思ったんです」
「そうか、その時の写真だったんだ」
「とても恥ずかしいです」
「大川君、まさか君が女装するなんて」
その時、リビングに室内干ししている、ブラやショーツを見られてしまった。

「その女性の下着は、交際している彼女のものか?」
「いえ、違うんです」
「まさか、君が」
「すみません、僕が女装で使った物なんです」
しばらく沈黙が続いた。
「まずいことを聞いてしまったようだね」
「いえ、いいんです」
社長は、送られてきた写真を見ながら、話し始めた。
「この写真、花嫁姿の君は美しい、君が女装すると、亡くなった妻の若い頃に似ているよ」
「・・・」
「学生で妻と結婚してね、式を挙げずに、友人を集めてパーティだけしたんだ」
「子どもから、パパとママの結婚式の写真は?と聞かれたことがあった」
「その時、妻は、愛さえあればいいのと返事していた。でも寂しそうだった」
「もし、君さえ良ければ、花嫁衣装を着て、私との写真を撮らせてくれないか?」
「写真だけですか?」
私は、写真だけぐらいなら、そう思っていた。
「ごめん、君の気持ちもわからなくて、写真でなく花嫁として君を迎えたい」
「男なのに、女装している私で、いいんですか?」
「二人きりで暮らそう、息子が再婚してもいいと言ってくれている」
「息子はもう結婚して東京で暮している、君は、僕と暮らさないか」
「そんなことが許されるでしょうか?」
「実は、以前から君が、女装していることは知っていたんだよ」
「女装していることに、気づかれてたのですか?」
「最初は、ブライダルフェアで花嫁になった、君を見かけたんだ」
「君に気づかれないよう、花嫁が誰かを確かめて、会場を離れた」
「社長が支配人と話していた、あの時、気づいてたのですね」

「それから、社宅の防犯カメラ、出掛ける君の姿が写っていたよ」
「男としての機能を失った君が、どう生きていくか、迷うのもおかしくない」
「・・・」
私は黙っていた。
「花嫁になった君は、美しかったよ、一緒に暮らさないか」
「もし君が許してくれるなら、女性の姿で」
社長の言葉に驚き、女になって暮らすことが出来るのなら、・・・そういう気持ちになっていた。
「ちょっと、待って下さい」

奥の部屋で社長に待ってもらい、私は着ていた服を脱ぎ、女装した。 スリップに、薄いレースのショーツ姿の私、うすく化粧し、口紅をつけ、ウイッグを頭に留めた。
《花嫁になるために》
まだ明るい日差しをさえぎるように、遮光性のあるレースのカーテンを閉めた。 女装した私を見て、驚きの表情を見せている社長。
社長には、花嫁衣装で一度は女装している所を見られている。けれども、悩ましい下着姿は、初めてなのでした。
「分ったよ、君が女装することは」
「私は、なぜだか女装すると、男でいるときよりも心が安らぐのです」
「社長、奥様の代わりに、わたしを抱いてください」
「そんな、・・・」
「いつか、こういう日が来ると、いえ、来て欲しかったんです」
スマホで夏のBGMを選び、ワイヤレススピーカーから音楽を流した。 社宅は鉄筋だけど、隣室に"あの声”が漏れないよう気をつけたのです。
「これから、恵三でなく”めぐみ”と呼んでください」
社長の座っているベッドに、二人並んだ。社長の前で、私は一人の女になり、熱い時間が流れた。 どれぐらい時間がたっていたのか、それとも、あっという間だったのか。 あの日、二人の思いはひとつになり、社長と私は、男と女になって結ばれた。
オーラルな刺激にのけぞり、せつなくあえぐ私を抱き、最後には私の中で逝ってくれた社長が、とても愛おしかった。 そのあとも、女性のクリトリスを舐めるように、私の性器を口で絶頂に導いてくれた。
「恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはない、これが私たちの営みだ」
「こんな異常なセックスでも、いいの?」
「夫婦のセックスに、異常なんてないさ、それがセックスだよ」
私を、何度も逝かせようとする社長
「待って、今度は私の中で、貴方が逝って、オネガイ」
「君ほど若くないから、今日はこれが最後だよ」

これまでにも数回、男性との経験もあった、でもそれは女装という遊びの中での行為だった。男性が逝ってしまうと終わりの、ラブホテルの一夜かぎりの関係でしかなかった。
今は深く結ばれた、私たち二人の営み。ベッドで抱かれながら、彼が私の中に入ってきて、のぼりつめる前にお願いをしました。
花嫁衣装を着るだけの記念写真でなく、入籍が出来ないまでも、親族の同意を得てから結婚式を挙げたい、”妻”として暮らしたいと私の思いを伝えたのです。
それには、社長も同意してくれました。 彼にグラスを手渡した、冷たいミネラルウォーターを飲み干すと、ベッドに腰掛けている私の腰を抱いた。
「旦那様、いかがでしたか?」
「よかったよ、久しぶりに三度も」
「ありがとう、でも身体に負担になるといけないから二回でいいわ」
「君が二回でいいなら、そうさせてもらうよ」
「その代わりに、週に2回ぐらいして欲しいわ」
「結婚まできれいな関係でなくて、いいのか?」
「花嫁になる日まで、何もしないなんて、その方がおかしいわ」
「社宅に僕が来るのは目立つから、家に君が来てくれないか」
「毎日は、行かないわよ」
そんな話をしながら、二人が結ばれた日の午後は、過ぎていった。社長は、夕暮れ前に会社に帰っていった。その日は、ずっと身体の中に太くて固いものが入っているような気がしていた。
《つづく》 続きをお読みになる方は、
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《第2章》 花嫁になるために、花開くとき、嫁ぐ日
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《第2章》 花嫁になるために、花開くとき、嫁ぐ日
【あらすじ】交通事故で大事な部分を負傷してしまった、傷跡の治療のため、東京の病院を受診し、その後、社長と日光の温泉に行くことになった。日光の大きなホテルではブライダルフェアーが開催されていて、たまたま引いたくじが当たり、特別賞になった。
《思いがけない事故で》
雲一つ無い、良く晴れた青空が広がっていた。今日は、明日から奥さんの趣味の催しの展示会があり、展示会場まで荷物の搬入の手伝いをする予定だった。
奥さんの名前は”めぐみ”さん、愛らしい赤いチャイナドレス姿で、会場の中国人と何か打ち合わせをしていた。チャイナドレスを着ているが、おじいさんが中国人だということ、奥さんは日本育ちだが、アメリカへの留学経験もある。
中国工芸品の展示会、そこに運び込む荷物をトラックから降ろして、会場内に運び込んでいた。そこに、奥さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大川さん、急いで有馬に行って欲しいの」
「ここから有馬に、何通りか行くルートがあります」
「主人が、書類を届けて欲しいと、電話してきたの」
「追加の資料だけど、急に必要になったんだって」
「その資料は、会社にあるんですか?」
「主人の机に置いてあるから、会社から有馬に行くことになるわ」
「じゃあ、近道を通り、有馬まで行きましょう」
10分ほどで、会社に着いた。僕の運転するトラックは、山道では速度が上がらないので、奥さんの運転する車に乗ることになった。

荷物を乗せていたトラックとは違い、社長の奥さんが運転する車は、左ハンドルの仕様車、速度を落とすどころか、急勾配の坂道も加速して上っていく。
東京から来た取引先を接待している社長に届けるために、書類を持って、社長のお気に入りの有馬グランドホテルまであと少しだった。
「大川君、けいぞう君だったわね、もう28すぎたかしら?」
「去年、28になりました。もうすぐ29です」
「いい人はいないの?私たちは、学生結婚だったのよ。今年は銀婚式」
その時、合流する道路からトラックが突っ込んできた。 ガシャーンという音とともに、身体がふわっと浮いたようになり、車は横転し意識を失っていた。ピーポー、ピーポーという救急車の中、手当を受けながら私は天井をみつめ、再び意識を失った。
気がつけば、腕は固定され、シューという音、酸素マスクが口にあてがわれていた。個室に入院していて、付き添いのヘルパーさんがそばにいた。あれから1ヶ月が経過していた。
左側から侵入してきたトラックが運転席に激突、車は横転し大破した。社長の奥さんは即死、私は下半身に打撲、命は助かった。ガソリンが漏れて炎上しなかったのが幸いと言われた。
衝突したトラックの部品が下腹部にあたり、負傷していたからだった。3ヶ月の入院生活で、手足、内臓、胃や小腸の機能は回復したが、睾丸は機能を失っていた、というか無くなっていた。 再三の手術を受け、外見上の傷は治り、身体が痩せ細ってしまった以外は、無事退院できた。
すぐには職場復帰できないので、傷病手当金を申請、家賃の負担を軽減するため、社宅を借りることにした。 相手のトラックは車検切れ、無保険で、すべてが社長の車の保険で支払われた。
仕事を休んでいても退屈で、社長に仕事を覚える意味でも、何かさせて欲しいと頼み込んだ。 出勤扱いをしないで、いつ来て、いつ帰ってもいいように、社長が人事の部長に話をつけてくれた。
その日の状態で、会社に行っても、行かなくてもいい生活になった。 社宅の部屋は2DK、いままでのワンルームマンションより広くて、洗面台もあって、トイレも独立。照明器具はLED使用で、明るく、洗面台の使い勝手はよかった。
これで家賃が2万5千円は安い。 東西インテリアで購入したタンスが運び込まれて、私はあることを実行した。 クローゼットに運び込まれた段ボール、その中から下着、洋服、ある道具を取り出した。それを身につけてみると、前は窮屈だった衣類が、今は余裕を持って身につけることができた。

ウイッグを頭に止めると、洗面台の大きなミラーに一人の女性が映っていた。
24.5㎝のハイヒールが窮屈だったため、通販で25.5㎝の靴を購入した。今は足にぴったり。化粧品を並べ、ファンデーション、アイシャドー、アイライナー、つけまつげ、最後にリップを塗った。
社宅の主婦が集まる時間帯、幼稚園バスが発着する時間を避けて、女装外出を楽しんだ。なるべく女性に見えるように、室内で歩く姿をビデオ撮りして、姿勢を研究した。
季節に合わないバッグを買い換えるために、ショッピングセンターに出かけた。代金を支払い、品物を受け取ったが、店員からは何も言われなかった。 まさか『女装しているけど、男でしょ』なんていう店員はいない、そういう気持ちになれた。

女装外出が、夕方から夜だったのが、早朝になり、明るい昼間にも出かけるようになった。
職場復帰したわけではないが、通院日以外は、午前に少しだけ会社に行き、データ入力を手伝った。 月に16万ほどの傷病手当金の生活だったが、退院後すぐに保険金が振り込まれ、かなりお金に余裕がある暮らしができるようになった。
午後は少し昼寝をして、散歩代わりに女装で外出を楽しんだ。 お金に余裕ができると、デジタルカメラやプリンターを購入し、室内で下着女装した自分の写真を楽しんだ。

さらに、女装サロン、写真館を利用して、舞妓に変身することもあった。 女装するたびに、下腹部にあるはずの睾丸がなく、パンティーからはみ出すものは無くなった。 残っている男性器が、邪魔なものに思えるようになって性転換すら考えることもあった。
「いっそ、女性になって、暮らせるものなら」
そう思うこともあった。

そんな時、ウェディングドレスで女装花嫁になれる写真館、さらに和装の花嫁になれる写真スタジオを見つけた。 でも、花嫁衣装を着るなんて、自分が美しい物を身につけて楽しむだけ、その時はまだ、そう思っていた。
《温泉旅行》
まだ半年程もある休職期間、入院給付金、手術給付費、後遺障害給付金、交通災害給付金などで、かなりのお金が振り込まれていた。それに加えて、休職期間の傷病手当が毎月16万ほど。
土日だけでなく、通院日以外は毎日が日曜日という生活、会社に顔出しに行くと『まだ無理をしないように』と言われた。まだ身体の調子はよくないが、手術した下腹部、抜糸した傷口はきれいに治り、傷跡も目立たなくなっていた。
もちろん、下腹部だから人目につく部分ではない。 女装するときパンティーの脇からはみ出していた睾丸はなく、あれが立たなければ女性の股間に見えなくもない。

通院日以外は、女性用の肌着を身につけ、ショーツを穿くこともあった。痩せていて胸の膨らみは、まだなかった。でも、ブラジャーの中にシリコン製のバストパッドを入れると揺れるような、バストを楽しめるようになった。
ある日、会社に行き総務課で作業を手伝っていた。取引先に送る封筒の宛名シールの印刷、顧客管理台帳のチェック、一斉送信のメールの宛先確認などが終わりかけている頃だった。社長の奥様の命日の法要が行われる寺に、墓参に誘われ同行することになった。
大阪の北部にある、静かなたたずまいの寺に着いた。石段を上がりきると、古い山門がある。石段の横の道を上がり、大きく曲がると10台分ぐらいの駐車場があった。

本堂の横の道を少し上ると、開けた場所に霊園があり、広さ8畳ほどの墓地に墓石が一基建っていた。墓参を済ませてから、本堂で法要が行われた。すべてが終わり、帰りは社長の車に乗せてもらうことになった。ハンドルを握る社長から、訪ねられた。
「身体の調子は、どうか?」
「内蔵の具合もよくなってきています」
「そうか、それはよかった」
「傷も少腫れていますが、少し痛むこともあります」
「傷のことだが東京の大学病院で、一度診てもらわないか」
「東京まで?」
「形成外科の名医と言われる友人がいる、費用は私が支払うから」
そう言われて、どう返事するか迷っていた。
「君に負担はかけない」
「社長、忙しいのに大丈夫なんですか?」
「診察の後、日光にでも行って、温泉でのんびりしないか?」
「私だって、のんびりしたい時もあるんだ、それに、傷にもいい温泉だとか」
しばらく考えて、社長の申し出を受けることにした。 東京の病院での診察が終わり、処方線を持って薬局で薬をもらった。
診察の結果として、男性器の損傷も見た目よりひどく切除も考えられる。本人が望むなら残しておく。失った睾丸はどうすることもできない、生殖機能はないという結果だった。社長の計らいで、気分転換に日光へ行くことにした。

東武鉄道の特急に乗り、日光へと向かった。日光の駅前から、観光タクシーの案内で、東照宮、華厳の滝、いろは坂などを一通り観光して、大きな温泉宿に着いた。
フロントで社長が宿泊者カードに記入して、キーを渡された。
その時、支配人が来て社長にメモを渡した。
「明日の夕方には帰ってくるから、温泉でのんびりしていてくれ」
急用が出来たと言い、社長は東京に戻っていくのだった。 夜は食べきれないほどの料理が、部屋に運ばれてきた。 のんびりと温泉を楽しみ、窓の外を流れる川の音を聞きながら、眠りについた。
翌日の朝、午前中もよいお天気で土曜日のせいか、日光の駅前も観光客の姿が多い。お土産を少し買ってから、駅前に止まっていた宿の送迎バスでに乗り込んだ。宿は日光でも大きなホテル、洋風と和風の建物があり、エントランスに入るとロビーには思ったよりも人が多かった。
広いロビーではブライダルフェアーの案内板があり、抽選会をしていた。結婚を前にしたカップルや親族がかなりの人数がいて、宿泊者ですというと、参加券を手渡された。
「ステキな賞品が当たりますから、ぜひ抽選にご参加ください」
「僕は、言われるままに、部屋番号を書き、くじを引いた」
特賞は100万円または挙式費用、一等がハワイ旅行、二等は10万円の宿泊券と言うことで、箱の中のくじを引いた。 カプセルに入っていた紙を開いてみると、特別記念賞の当たりだった。
「おめでとうございます、特別記念賞です」
特別記念賞というのは、花嫁衣装を実際に試着して撮影まで体験できるもので、結婚式より先に、前撮り撮影もできると好評だった。
「それでは、今からご案内いたします、1時間ほど、お連れ様はお待ち下さい」
「えっ、今からすぐですか?」
「あの、連れは夕方にしか来れないのです」
「お連れ様は夕方ですか、それなら貴方は?」
「ええっ、男の僕が」
「きっとステキな思い出になります、一生の記念にいかがですか?」
「ええー、そんな」
そう言いながら、心の中では「花嫁衣装を着てみたい」という気持ちが強くなっていた。社長がいない今なら、誰も知る人がいない場所で、花嫁衣装を着ることができる。
「あなたなら、きっとお似合いになります。今日のフェアにご協力ください」
「本当に、いいんですね?」
案内された部屋で、中年の女性からお湯で汗を流すように言われ、部屋の浴室で髪を濡らさないように気をつけながらシャワーを浴びました。
「下着は着けないで、浴衣だけを着てください」と言われて、ショーツを脱ぎ、浴衣だけを身につけることにした。
「おひげは剃られましたか、アレッ、毛が薄いんですね」
花嫁衣装を着る前に、かつら合わせをします。 髪の毛によい香りがする鬢付け油をつけ、白羽二重の布で頭をまとめると、日本髪を乗せるのです。
「お飾りは、最後につけます。どのお飾りがよいか選んでください」
「おまかせしても、いいですか?」
「貴方は、男性だから自分で選ぶのは難しいわね」
冷たいお茶を差し出された、上品な味のするほうじ茶だった。
「着付けをする前に、トイレに行っておいてください」
トイレから戻ると、薄い布地のガードルを手渡された。
「男の方ですから、大きくなると目立つので、それを穿いてください」
浴衣を脱いで用意された、腰巻きや肌襦袢を着せられ、帯を締め付けられます。さらに紐で帯がずれることのないように締め付け、息が出来ないぐらいです。
「女って、きれいに着飾る時は、こんなに辛い思いをするのですよ」

そう言い終わると、首筋から肩までに真っ白におしろいが塗られます。 さらに、頬から額、鼻から顎の周りまで水溶性のファンデーションが塗られました。 眉毛を描き、頬紅を散らせて、最後に口紅を塗ります。
化粧が終わると、花嫁衣装を着付けられます。 帯をぎゅっと締められ、苦しいぐらいです。日本髪のかつらを頭にかぶせたかと思うと、かんざしや髪飾りが差し込まれて、頭が重く感じられるのです。
「はい、お疲れ様でした。きれいな花嫁さんですよ」
時計を見たら、午後1時近くになっていた。
「うつむかないでね、姿勢良く、足は内股でゆっくり、歩くのですよ」
「次は、お写真を撮影しますから、こちらへ」
手を引かれて歩き始めたが、まだ、履きなれない草履で歩き辛い。 写真撮影室は近くかと思ったら、エレベーターに乗り、結婚式場のある部屋の前を通り、さらにその奥にあった。

廊下の正面に全身が映る鏡があり、そこには、自分だとは思えないような花嫁がいました。 写真撮影は花嫁の正面、側面、背後から後ろ姿を写したり、大方20分ぐらい時間が経過したように思った。
撮影が終わると、それで終了かと思ったら、ブライダルフェアの会場に案内された。 金屏風の前で、「花嫁は、本日フェアにお越しいただいたお客様です」と紹介された。お客様という表現で、男性であることは、明かされなかった。
会場の人たちの視線が、自分に向けられていた。今の自分は、花嫁衣装を着ている、男だと思われないか不安だった。
「皆さん、このステキな花嫁さんに拍手をオネガイします」
「この花嫁さんは、今日のフェアーにお越しいただいたお客様です」
「まだ抽選をされていない方はいませんか、抽選で、5等以上が出ますと花嫁衣装のリース料が半額になります」
「ぜひ、受付でお渡しした抽選券で、ご応募ください、お持ちでない方は、受付にどうぞ」
その時、会場の入り口近くに、社長の姿が見えた。 まさか、私だと気づかれないだろうと思っていた。でも、社長はフェアの会場に入り、花嫁になっている私のそばに来た。 社長が話しかけているのは、ホテルの支配人だった。
「ああ、よかった」
私は、心の中でほっとしていた。 美容師と思える中年の女性に、声をかけられた。
「お疲れ様でした、控え室に戻りお着替えをしましょう」
帯を解かれ、日本髪を頭から外すと解放された気分で、全身からが力が抜けた。 その後、お写真は後日、ご自宅に送りますとのこと、その時に、受取人に大川恵三でなく、「大川恵」と書いた。”大川めぐみ”なら、女性とも読める、そう思った。
花嫁写真はすぐに渡されるのではなかった。着替えが終わると、ホテルのロビーにある喫茶のラウンジに向かった。
「お待たせ、東京の用事は片付いたよ、のんびり温泉にでも入ろう」
誘われるまま、部屋に置いてあった浴衣を着て、大浴場に向かった。 日光の大きなホテル、夕日が赤く染まっていた。
《性転換を考える》
東京から帰りの新幹線、社長がグリーン車のチケットを購入してくれた。新横浜を出ると社長は眠っていた。 午後2時すぎの車窓からの景色は、青空の下、眺めはよかった。来るときは見えなかった富士山が、今日は見えるのを期待していた。

しばらくして、窓の外、雄大な富士山が見えていた。 関西にいると見ることのできない富士山、じっとその眺めを楽しんでいた。昨夜の話を思い出しながら、今後どう生きていくか、悩んでいたが、富士山を見ながら運命の流れのままに生きようと思った。
社長の話では、
「自分の妻が起こした事故で、君を負傷させてしまった。下半身の傷、それも睾丸を失うことになった君に申し訳ない」
「東京の大学病院で、私の睾丸を君に移植できないかと、医師である友人に頼んでみた」
「しかし、検査の結果、私と君では不適応症状が出るので、移植は無理と言われた」
自分の身体を提供して、私のために移植手術まで考えてくれた社長。 自分が考えもしなかった、社長の思いに驚いていた。
「社長、ご自身の身体を傷つけても、いいのですか?」
「僕には、もう子どもがいる、だからできることなら」
「こんなに元気になれたんです、結婚や子どもができるかなんて」
「君から普通に結婚して、子どもを育て、楽しく暮らせる人生を奪ってしまった」
「気にしないで下さい、私は大丈夫です」
しばらく、黙ったまま社長を見つめていたが、結局、私は社長の心の負担を少しでも和らげるために、言い切ってしまった。
「私は、子どもを産むための結婚はしません。」
「君は、それでいいのか」
「ひとりで、生きていきます」
「ご両親も納得してくれるのか」
「なにより、僕は三男坊ですから、家を継ぐ必要もないのです」
社長は、僕に頭を下げて、涙ぐんでいた。
「社長こそ、奥様を失って、一人になってしまったじゃないですか」
「そりゃあ、寂しいときもある」
「再婚されないのですか?」
「恵三くん、君を前にして、再婚など考えることは出来ない」
富士山を見つめながら、僕はおかしなことを考えていた。 どうせ子どもが出来ない身体になってしまったのなら、今までは、隠してきた女装。学生時代から、ひそかに続けてきた。今でも、女装外出することもあった。

事故でこういう身体になったのを理由に、女装で生活してみたい、性転換して女性として暮らしてみようか、など車窓からの景色を見ながら考えていた。、。
今なら手続きの費用もある。隠れてこそこそ女装するよりも、生殖機能がない身体なら、戸籍上の性も変えることが出来ないだろうか。
スマホで性別変更について調べてみた。その当時は、まだ6つの要件があった、性同一性障害の診断を受けねばならないのか。 関西で、診断できる病院を探してみた、通院可能な外来を見つけた。そこの予約を取って、受診してみよう。
そんなことを考えているうちに、新幹線は新神戸に着いた。
《届いた花嫁写真》
相変わらず、週に2回ほど出社して、データ入力やシステムの改良を手伝い、昼前には帰宅した。 日光で花嫁衣装を着て撮影したことも忘れて、部屋の中で女装を楽しんでいた。 ときおり女装クラブやプロのメイクで返信できる店にも行き、手術済みのニューハーフから性転換の話などを聞いたりしていた。
時には、豊胸手術や女性ホルモンを試してみないかと勧められたが、シリコンのバストパッドを3種類ほど使い分けて楽しむ程度だった。 睾丸はなくなったが、それでも勃起することがあり、オナニーすると量は少ないが透明の液体が快感とともに染み出した。
ピンポーンとチャイムが鳴り、ドアを開けると社長がいた。
「日光のホテルから、昨日届いたんだ、君宛のものだと思うから持ってきたよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「宛先が私の家になっていて、きっと、宿泊者名簿で、私の住所を書いていたからだと思うよ」
「ごめんね、何かと思って、写真を見せてもらったよ」

大きな封筒の中には、台紙に貼られた花嫁の写真が3枚入っていた。 一枚は前から、二枚目は後ろから、三枚目は撮影位置を変えたものだった。
「社長、あの日、ブライダルフェアが開催されていました」
「私が昼過ぎに着いたとき、大勢の人が居たね」
「くじを引いたら、それが当たり、花嫁衣装を着ることになって」
「男の君でも、花嫁衣装を着させてもらえたんだね」
「初めは、迷いましたが、これも体験かと思ったんです」
「そうか、その時の写真だったんだ」
「とても恥ずかしいです」
「大川君、まさか君が女装するなんて」
その時、リビングに室内干ししている、ブラやショーツを見られてしまった。

「その女性の下着は、交際している彼女のものか?」
「いえ、違うんです」
「まさか、君が」
「すみません、僕が女装で使った物なんです」
しばらく沈黙が続いた。
「まずいことを聞いてしまったようだね」
「いえ、いいんです」
社長は、送られてきた写真を見ながら、話し始めた。
「この写真、花嫁姿の君は美しい、君が女装すると、亡くなった妻の若い頃に似ているよ」
「・・・」
「学生で妻と結婚してね、式を挙げずに、友人を集めてパーティだけしたんだ」
「子どもから、パパとママの結婚式の写真は?と聞かれたことがあった」
「その時、妻は、愛さえあればいいのと返事していた。でも寂しそうだった」
「もし、君さえ良ければ、花嫁衣装を着て、私との写真を撮らせてくれないか?」
「写真だけですか?」
私は、写真だけぐらいなら、そう思っていた。
「ごめん、君の気持ちもわからなくて、写真でなく花嫁として君を迎えたい」
「男なのに、女装している私で、いいんですか?」
「二人きりで暮らそう、息子が再婚してもいいと言ってくれている」
「息子はもう結婚して東京で暮している、君は、僕と暮らさないか」
「そんなことが許されるでしょうか?」
「実は、以前から君が、女装していることは知っていたんだよ」
「女装していることに、気づかれてたのですか?」
「最初は、ブライダルフェアで花嫁になった、君を見かけたんだ」
「君に気づかれないよう、花嫁が誰かを確かめて、会場を離れた」
「社長が支配人と話していた、あの時、気づいてたのですね」

「それから、社宅の防犯カメラ、出掛ける君の姿が写っていたよ」
「男としての機能を失った君が、どう生きていくか、迷うのもおかしくない」
「・・・」
私は黙っていた。
「花嫁になった君は、美しかったよ、一緒に暮らさないか」
「もし君が許してくれるなら、女性の姿で」
社長の言葉に驚き、女になって暮らすことが出来るのなら、・・・そういう気持ちになっていた。
「ちょっと、待って下さい」

奥の部屋で社長に待ってもらい、私は着ていた服を脱ぎ、女装した。 スリップに、薄いレースのショーツ姿の私、うすく化粧し、口紅をつけ、ウイッグを頭に留めた。
《花嫁になるために》
まだ明るい日差しをさえぎるように、遮光性のあるレースのカーテンを閉めた。 女装した私を見て、驚きの表情を見せている社長。
社長には、花嫁衣装で一度は女装している所を見られている。けれども、悩ましい下着姿は、初めてなのでした。
「分ったよ、君が女装することは」
「私は、なぜだか女装すると、男でいるときよりも心が安らぐのです」
「社長、奥様の代わりに、わたしを抱いてください」
「そんな、・・・」
「いつか、こういう日が来ると、いえ、来て欲しかったんです」
スマホで夏のBGMを選び、ワイヤレススピーカーから音楽を流した。 社宅は鉄筋だけど、隣室に"あの声”が漏れないよう気をつけたのです。
「これから、恵三でなく”めぐみ”と呼んでください」
社長の座っているベッドに、二人並んだ。社長の前で、私は一人の女になり、熱い時間が流れた。 どれぐらい時間がたっていたのか、それとも、あっという間だったのか。 あの日、二人の思いはひとつになり、社長と私は、男と女になって結ばれた。
オーラルな刺激にのけぞり、せつなくあえぐ私を抱き、最後には私の中で逝ってくれた社長が、とても愛おしかった。 そのあとも、女性のクリトリスを舐めるように、私の性器を口で絶頂に導いてくれた。
「恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはない、これが私たちの営みだ」
「こんな異常なセックスでも、いいの?」
「夫婦のセックスに、異常なんてないさ、それがセックスだよ」
私を、何度も逝かせようとする社長
「待って、今度は私の中で、貴方が逝って、オネガイ」
「君ほど若くないから、今日はこれが最後だよ」

これまでにも数回、男性との経験もあった、でもそれは女装という遊びの中での行為だった。男性が逝ってしまうと終わりの、ラブホテルの一夜かぎりの関係でしかなかった。
今は深く結ばれた、私たち二人の営み。ベッドで抱かれながら、彼が私の中に入ってきて、のぼりつめる前にお願いをしました。
花嫁衣装を着るだけの記念写真でなく、入籍が出来ないまでも、親族の同意を得てから結婚式を挙げたい、”妻”として暮らしたいと私の思いを伝えたのです。
それには、社長も同意してくれました。 彼にグラスを手渡した、冷たいミネラルウォーターを飲み干すと、ベッドに腰掛けている私の腰を抱いた。
「旦那様、いかがでしたか?」
「よかったよ、久しぶりに三度も」
「ありがとう、でも身体に負担になるといけないから二回でいいわ」
「君が二回でいいなら、そうさせてもらうよ」
「その代わりに、週に2回ぐらいして欲しいわ」
「結婚まできれいな関係でなくて、いいのか?」
「花嫁になる日まで、何もしないなんて、その方がおかしいわ」
「社宅に僕が来るのは目立つから、家に君が来てくれないか」
「毎日は、行かないわよ」
そんな話をしながら、二人が結ばれた日の午後は、過ぎていった。社長は、夕暮れ前に会社に帰っていった。その日は、ずっと身体の中に太くて固いものが入っているような気がしていた。
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《第1章》 思いがけない事故で、温泉旅行、届いた花嫁写真
《第2章》 花嫁になるために、花開くとき、嫁ぐ日
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